「釜ケ崎・住民票抹消問題」Q&A


作成:釜ケ崎のまち再生フォーラム
(更新日 07年3月21日)

 私たちは釜ケ崎の人々の生活再建と地域の安定を願う立場から07年1月から2回にわたって、この問題で「まちづくりひろば」を開催し、「問題の本質は何か」という憲法学者の講演を聞き幅広い情報交換・議論をしました。このときの内容や、その後の大阪市側の説明などを通じて本日までに明らかになっていることを一般市民の方々にも理解できるように、Q&A形式にしてみました。
状況の推移や新情報ごとに、更新していきます。

Q:そもそも「釜ケ崎・住民票削除問題」って何ですか?

A:昨年12月に京都府警に逮捕された元警察官がネットで住民票を購入し、別人になりすましていた詐欺事件がきっかけで、その副産物としてマスコミなどが騒ぎ出した問題です。  
釜ケ崎解放会館など3つの建物(労組事務所のあるビル、NPO法人や福祉施設)に計3,686人もの住民登録が集中していたので、その数の多さにビックリした(と思われる)読売新聞京都支局が報道し、他のメディアも、釜ケ崎を拠点にして働く日雇い労働者や野宿生活者の生活構造の認識がないまま、取材もしないまま、全国いっせいに報道した(07年12月8日)ことから始まった騒動です。  
市議会でもとりあげられました。
それに押されるかたちで大阪市役所のトップが「居住実態のない住民票の適正化」=職権消除(削除)を指示し実施しようとしましたが、大阪高裁は「簡易宿所への異動などの周知期間が短すぎる」として、これにストップ(差し止め)を命じました(3月2日)。
しかし、市役所はなおも「3週間」だけの周知期間を設けて、統一地方選挙の告示日である3月30日までには抹消しようとしています。そうなれば、多くの人が選挙権をはじめとする市民的権利を失い、雇用保険や免許証類の切り替えとか口座開設ができないなど、(ただでさえ貧困の極致ですが)致命的な打撃が生じ、社会から排除されることになります。
基本的人権や市民権を奪うことであり、完璧な憲法違反です。 まちづくりNPOとして言わせてもらえば、国・行政・地域・当事者団体が力をあわせてすすめてきた、ホームレス自立支援やソーシャルインクルージョン(社会的包摂)の流れを自ら逆行させることになります。

Q:なぜ特定のビルや施設に大量に住民登録することになったのですか?

A:きっかけは1986年からあいりん職安が日雇い雇用保険手帳を申し込む労働者に対して管轄内の住民票を添えるように義務づけたからです。定まった住居がなく簡易宿泊所を転々としたり、それにすら泊まるおカネの無い野宿者はとりあえずこうしたかたちでしか住民票設定するところがないのです。

Q:そのやり方を大阪市や区役所は知っていたのですか?

A:これだけ大量ですからもちろん知らないはずはないです。というより、市民権を確保するためにはこれしか方法はありませんでした。住民基本台帳法もない時代ですから、区役所はもっと柔軟な運用をしていたはずですし、役所の窓口現場も「総合的判断」によりこれを容認してきていたと言えます。代替策が示されない中でそれしかなかったと言えます。「上」から手のひらを返したように「批判」されるのは現場で苦労した職員さんからすればたまったものではありませんよね。

Q:そもそも住所って何で決まるんですかね?

A:民法では「生活の本拠をいう」と規定されていて、およびその人の意識のありようを総合的に勘案して決めることとなっています。

Q:今回問題とされた人たちは実態としてふだんはどこで暮らしているのですか?
  もはや"生活の本拠"とせず、まったく不在の人たちの住民票も混ざっているのじゃないんですか?

A:仕事にあぶれた高齢労働者などは3つの建物のすぐ近くにある臨時夜間緊急宿泊所(シェルター)などに継続的・断続的に宿泊し、同じくすぐ近くにある公園で炊き出しに並び、特掃(高齢者特別清掃事業)やアルミ缶回収などで働き、仲間と語らう。そうした生活実態がまさに釜ヶ崎地域にあります。現に、いま目の前に実在しているんですよ。これこそ居住実態です。
あるいは、もう少し若い現役層なら日雇い仕事で飯場(作業員寮)と釜ケ崎を往復しています。長い人は1年のサイクルで必ず本拠たる釜ケ崎へ"帰宅"します。いずれもハコモノとしての定まった部屋を確保できていないだけのこと。 世の中には日雇いでなくても、こういう生活形態はいくらでもあります。
たとえば、長く不在にする(ときには何年も)船員さんの住所の扱いはどうなっているか。主として寄港する港が住所としてきちんと認められています。 国会議員だって東京暮らしなのに、たまにしか帰らない、地方の選挙区に住民票を置いているじゃないですか。財産の有無で抹消されたりされなかったりでは古い身分差別そのものです。そういう指摘も「まちづくりひろば」ではされました。
それに、どっちみち、5年〜10年程度不在の形跡があれば、どこの役所も職権消除します。 実際、西成区役所は解放会館での住民票を放置していたのではなくて、1年に1回は居住実態などを点検に来ており、長い年数不在で消除が必要なものはそうしていたとの報告が「緊急ひろば」ではされていました。

Q:同じような日雇いの街のある関東のあたりではどうなっているのですか?

A:どこも似たような措置を容認していますが、特に「問題」としてとりあげることはしていません。「そうしたことは各自治体の総合的判断にまかす」として、総務省も特に問題視していません。
東京のホームレス支援NPOに聞いたところでは、台東区役所などはそうした人の(3ケタにのぼる)住民票を「区役所あずかり」的なかたちにしているそうです。そうしてまで、抹消による人権はく奪を回避しているのです。

Q:解放会館の場合は所有者が市会立候補者でもあるので、選挙目当てに「架空登録」をさせたのではないかという観測も出ていますが・・・?

A:住民票関係の相談を受ける(NPOや福祉施設や公的機関など)現場の人々なら知っていることですが、70年代頃から一人ひとりがそれぞれの事情で、バラバラに、ポツポツと長〜い時間をかけて西成区転入手続きをしてきています。その積み重ねのうえにこの膨大な数字があります。
市側も「不正投票があったのではないか」と市議会から指摘されて調査した結果、前回の市議選でも解放会館登録者の投票率は15%程度しかなかったことが判明し、「不正はなかった」と答弁しています。同じ市議選で同じ萩之茶屋投票区の投票率は26,01%でしたから、「投票へ行こう!」キャンペーンを張った私たちまちづくりNPOとしては嘆かないといけないくらい、投票率が低かったことになります。こちらのほうが問題ですよね(笑)。

Q:選挙管理委員会はどう対処してきたのですか?

A:どの選挙でも、投票所(萩之茶屋小学校)では解放会館に住民登録している人のために2つのブース(受付の机)を独自に設置していたくらいですから、選管からみてもこの事実を認識していたし、何の問題もなかったはずです。 なお、大阪市では衛星都市のように市職員が立会人ではなくて、民生委員さんや町会関係者がボランティアでしています。その人たちが勝手にしていたとまでは選管も強弁できないでしょう。

Q:生活保護を不正に受給するために「架空登録」をしたのではないかという見方もありますが?

A:それは生活保護制度に対する初歩的な誤解です。生活保護は生命を守る「最後のセーフティネット」ですから、住民登録があるかどうかには関係なく、現に目の前にいるその人に必要性があれば適用されます。
むしろ、西成区のケースワーカーは、人手不足もあって、住民登録の手続きなどは手伝ってくれません(手がまわらないようす)。ですから、そうしたことはサポート団体や福祉施設、西成労働福祉センターなどが手伝っている実態があります。

Q:地域住民や支援団体はなぜ反対するのですか?

A:上記のような理由から、たいへんな人権侵害と生活破壊、社会的排除だからです。 当事者団体、支援団体だけでなく、釜ヶ崎地域の人々がこれほどこぞって怒ったできごとは今までないと思います。被害者への共感、市のやり方への反発がそうさせています。これはまちづくりの努力へのたいへんな打撃です。

Q:大阪市はななぜ抹消を急ぐのですか?

A:「このまま"架空登録"を適正化しないまま統一地方選挙に突入すれば、選挙無効との訴えが起きるのではないか」と恐れているようです。
そもそもこれが最初の大きな判断の誤りであることがだんだんわかってきました。 逆に、登録抹消された、もっと圧倒的多数の人たちが選挙無効と訴えれば、そちらのほうが裁判でも勝つ可能性が専門家筋で語られています。
計算した人がいます。 まず、初めに指摘された3,686人が、その後の当事者や支援者の努力による解決などで約2,200人にまで減ってきているようなので(3月21日現在の情報)、その投票率が(経験値から)10%程度とすると220人。この程度なら当落に影響する可能性は少ない。 ところが、この影におびえて住民基本台帳から抹消し、選挙人名簿から抹消するのが2,200人。こちらのほうが当落に影響する可能性が圧倒的に大きいですよね。 「不当に投票機会を奪われた」として必ず訴えますから、むしろこちらの理由で「選挙無効」と宣告される可能性が大きい。
そもそもここらへんが、大阪市トップの最初の大きな判断の誤りであるようです。そのうえで、幾重もの誤りをしていることが指摘されています。 選挙人名簿の問題なのに、その土台となっている住民基本台帳の問題であるとしてそこに手をつけ、根こそぎ抹消しようとした。だから、パンドラの箱を開けたみたいに、とても重たい格差社会の根本構造の問題にまでぶちあたり、自分で自分をどうにもできなくしている。そんな風景ですよね。

Q:今頃聞くのもなんですが、住民基本台帳ってそもそも何なのですか?

A:役所がつくった全住民登録者の台帳で、市民の権利行使や義務履行、市民へのサービス提供を便利にすることを目的に作成されたものです。いわば便宜的ツール(道具)。道具なのに、これから漏れるととんでもない不利益が生じることになります。
定まった住居があることはあたりまえのこととして想定されているので、それ以外の非定住の人たちの実情に即して、「生活の本拠」を解釈・運用して、とにもかくにも台帳に登載していくことで、どの自治体もそれぞれの判断で問題を乗りきっているわけです。

Q:それなら、代わりの策を大阪市はなぜ先に示さないのでしょうか?

A:それが、わからないんですよね。ほんと。こうして問答集を書いていても、やはりわからない(笑)。たぶん、先に述べたように、"選挙無効の訴え"の影におびえているので、選挙告示日の3月30日までにしゃにむに切ってしまいたいから、余裕がないのですかねぇ。
現地ではさまざまな団体が、「生活の本拠」論にもとづいて、あいりん労働福祉センター、大阪市立更生相談所、シェルター(臨時夜間緊急宿泊所)などの住所地で暫定的に住民登録できるようにしろと提案をしています。郵便物の扱いの問題もからんできますが、これは転送届を郵便局に出すことで多くがクリアできそうです。
もう一つ、有力な対案はあいりん地域内に約120軒もあり、もともと日雇い労働者が泊まる簡易宿泊所に問題住民票を異動させていく方法です。

Q:簡易宿所への住民票異動のルールって具体的にはどうすること?

A:もともと、自分がなじみにしている簡易宿泊所に住民登録している日雇い労働者も昔から多数いるわけです。ですから、市側が「可能な人は簡宿へ異動を」とのアナウンスし始めたので、ヘタしたら自分たちも解放会館と同じ目にあうことを心配し、地域の混乱を心配した簡宿組合側が市に協議を申し入れて実現したルールです。
労働者・野宿者が住民登録したい簡宿に実際に宿泊したら、そこで「宿泊証明書」をもらい(宿泊初日でも発行される)、それを区役所に持参すればそこへの住民票異動が認められる、というもの。 これでも問題がないことはない。「これがないと区役所は住民登録は受付けてくれません」と書かれている点。住民票登録のときに"アパートの家賃支払い証明書を持って来い"などという役所は全国どこにもないので、「なぜ釜ヶ崎の住民にだけ・・・?」との指摘や批判もあります。 それでも、(技術論による解決法ではありますが)とにかくこの場はこれで緊急避難的に解決していく道が開かれたわけです。

Q:大阪市の言う「3週間の周知期間」って何?

A:先ほど述べたように、大阪市は「"架空登録"といわれ、"選挙無効"といわれるかもしれない」という影におびえていますので、直近の市議選・府議選の告示日である3月30日までに「適正化」したいのでしょう。そこから逆算して、無理やり設定されたものであることは、運動体側への説明会の中でも認めています。 同じその説明会場などで、簡宿組合側から「ルール協議のときにそのような前提はいっさいなくて、その後に市側が一方的に設定したもの。われわれとしては、そんな短期間では無理。盆正月に"ただいま"といって飯場から帰ってくる労働者のことを考えると、最低1年間は周知期間が必要と考える」と反論されるしまつでした。 それに、1泊すらできないたくさんの野宿者が存在するわけですから(多くの地域団体が証言しています。われわれも日々接しています)、このしくみの成立を住民登録抹消の根拠にするのは無理が見え見えです。

Q:そもそもあいりん地域にはおカネが使われすぎているのではないかという意見もありますが?

A:これまで述べてきたことでおわかりのように、釜ヶ崎地域は日本のさまざまな社会問題、家庭問題の矛盾の凝縮した地域です。しかも人数が膨大です。関東や海外から視察に来る人たちもびっくりするのが常です。 もう話が長くなるので、なるべく短くお答えしますが、この問題の解決はなかなか困難で複雑であることが一つ(それでも、人々は、行政も含めて官民ともに、とりわけ90年代後半から、解決のために一生懸命新しい努力をしています) もう一つ、だいじな点。要するに、釜ヶ崎は1960年代の右肩上がりの経済成長のなかで、国の労働力確保施策に沿って日雇労働者が全国から集められ、広い意味で"つくられた街"であることです。そういう意味で特区的に位置づけられ、国のおカネがもっと使われるべきです。 そういう意味では、大阪市や大阪府は実に気の毒な立場だといえます。

Q:生活保護や特掃(高齢者特別清掃事業)は役にたっているの?

A:これも手短に答えます。 上記のような国の施策の歴史的なツケがまわってきて、これまで日雇いで働いてきた単身高齢者が野宿の果てに、あいりん地域だけでも6,000人を超える生活保護(居宅保護)で生活再建しようとしているわけです。 野宿生活者が最も多かった90年代末には「このままでは、地域も大阪市もたいへんなことになる」との予測と実感が多くの人から語られました。 しかし、街は今、意外な落ち着きのなかにあります。 生活保護も特掃もたいへんに役にたっているという、これまた実感の中に私たちはいます。とりわけ、地域の安定化にものすごく役にたっている。一時期のアメリカ社会などのように治安が乱れきって、そのための対策コストが膨大にかかる社会状態と比較すれば(計量経済学的に)、労働者・元労働者たちの勤勉性・実直性とあいまって、よくここまで落ち着かせていると思います。だからこそ、こんどの騒動は残念です。 それが基本。 でも、問題や課題もあります。それもある意味、当然。だから、基本を台無しにしないかたちで、さらなる新しい想像力と協働のまちづくりが不可欠であると、これも実感しています。 そうしたことを市民・府民のみなさんへの説明と理解を伴いながら、市民活動分野もがんばっていかなければならないと考えています。          



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